江戸時代の頃、数多くの剣術の中で、ひときわ名高かったのが曽寛流剣術である。
当時師範だったのが白伴郭(しら・はんかく)で、彼は町の奉行所へ教授に出向くほどであった。
この時、町奉行だった佐々川宗明も彼に剣術を習っていた。
ある時、奉行所に出向いた白伴郭は、
偶然にも佐々川宗明が賄賂を受け取るのを目撃してしまった。
正義感の強い白伴郭はこれを老中に進言し、
佐々川宗明は早々と呼び出されることになった。
佐々川宗明は老中の前で知らぬ振りをしたものの、
白伴郭は目撃したことを言い張って退(ひ)こうとしない。
佐々川宗明は彼の頑固ぶりにこれ以上ウソを通せないとみて、
その場で白伴郭を切り捨てて知らぬ振りを通したという。
しかし師範の死を不信に思った弟子達により、佐々川宗明の身辺が洗われ、やがて不正は暴かれた。
この故事から知らない振りをすることを『白を切る』と言うようになった。
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