ペプシコーラとは?

 電気も電話も無いその昔、中国では、政治、経済、等の情報伝達手段として、 主に人による伝達が用いられていた。 情報の重要度により、その伝達師がランク分けされ、特急レベルの情報伝達師になれれば、 生涯の生活が保証され、人々の憧れであった。
 雲南省奥地にもやはり、この特急伝達師に憧れる若者がいた。 彼の名前は北 風姿(ペィプゥシ)。 彼は、特急伝達師になるべく全身を銀粉で塗り、 皮膚呼吸を徹底的に低下させ、ひたすら走り続けるという無謀な訓練を繰り返していた。 日々の訓練により、彼は常識を超えた肺活量を身につけ、 吐く息の二酸化炭素量は、常人の5倍とも10倍とも言われていた。 彼は、毎日の訓練を終えると、江羅池(コゥライコ)に浸かり、銀粉を落していた。 江羅池は、北氏によって吐き出される二酸化炭素が溶け込み、やがて炭酸泉に変化していった。 特訓の甲斐あり、彼は念願叶い特急伝達師になって、72歳でその生涯をとじた。
 北氏の遺言により遺骨は、江羅池に散骨された。 彼の骨が撒かれた瞬間、池の色は褐色になり、 その池の水を飲んだ物は、異常な程の爽快感に満たされたといわれる。 村人は、これを「北の奇跡」と称し、池の名前も「北 風姿 江羅池」(ペィプゥシ コゥラコ)と改め、 特急伝令師 北氏を崇めたといわれる。
 やがて江羅池の水は、中国全土に広まり、清王朝崩壊後、アメリカに渡り、ペプシコーラとして販売された。

 現在「ペプシマン」と呼ばれる、全身銀色のキャラクターは、北氏の修行中の姿であることは言うまでもない。


民明書房刊『清涼飲料水の歴史』より
初版発行1999年5月1日


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